「兄貴が中におるかもしれない」脳死の兄の臓器提供を決断した弟 命のバトンを考える

10/15(火) 20:00

10月は「臓器移植普及推進月間」です。
移植医療についてもっと多くの人に知ってほしいと話すひとりの元教師を取材しました。

今月上旬、広島市内であるイベントが開かれました。
「ひろしまグリーンリボンフェス」グリーンリボンは、移植医療のシンボルです。
イベントを通して、多くの人に移植医療を身近に感じ知ってもらおうと、患者や医師、様々な人がかかわって運営されています。
今年で8回目となるこのイベントに毎年、和歌山県から駆けつける男性がいます。
山野英夫さんです。

【和歌山県から毎年参加 山野英夫さん】
「一般の方に広く知ってもらう機会の手助けが少しでもできればと思ってこちらに参加しています」

山野さんは、10年以上前に、兄の臓器を提供したドナー家族です。
それは、突然の出来事でした一緒に暮らしていた兄の直樹さん。
「買い物に行く」と自転車で出かけた一時間後。
バスにひかれたと連絡があったのです。

【臓器提供をしたドナー家族 山野英夫さん】
「近所の人に『あんたとこの兄ちゃんちゃう?って』慌てて行ったら、もう瞳孔が拡大していた」

亡くなった母が看護師をしていた山野家。
家庭では、延命治療についてよく会話をしていました。

【山野英夫さん】
「回復の見込みが無いっていう状態になったときにはもう延命治療はいらない。それは我が家の不文律のような形になっていましたので、お医者様から後の治療のことを聞かれたときに延命治療というのはしないと、その話をした時点で向こう側(医者)から臓器提供の話をいただいたということになります」

医師から伝えられた臓器提供の選択肢。
臓器移植は、病気や事故で臓器の機能が低下し、移植でしか治らない人に、ほかの人の臓器を移植し、健康を回復する医療で、心停止や脳死で亡くなった人からの臓器提供と健康な人からの生体移植があります。

心臓が停止した場合は腎臓や膵臓、眼球の3つが。脳死の場合はさらに、肺や心臓、小腸、肝臓を加えた7つが移植可能となり、一人の体から最大で11人の人を救うことができます。
現在、およそ1万6千人が移植を待っていますが、移植できる人は、年間わずか600人。
1週間に8人のペースで移植を待ちながら亡くなる人がいるのが現実です。

臓器提供の意思表示は、以前は意思表示カードだけでしたが今は、運転免許証や保険証、マイナンバーカードでもできるようになり、「提供しない」と示すこともできます。
しかし…

【山野英夫さん】
「(兄は)まったく意思表示がない状態でした。もう僕の判断一つということになりました」

お兄さんが置かれていた状態は「脳死」でした。
脳のすべての機能が働かなくなった状態で、植物状態とは異なり、多くの場合、数日で心停止します。
世界の多くの国では「脳死」は「人の死」とされていますが、日本では臓器提供をする場合に限り、「脳死」を「人の死」としているのです。

残された山野さんにすべてが託されていました。

【山野英夫さん】
「結論は早めに出さないといけないという中でも落着きがない中で、両親を見送っていて二人兄弟でしたので、家族は僕だけですから」

もう決めるのはぼくひとり。
悩んだんですが、スポーツ大会のビデオが脳裏に浮かんで。

思い出したのは、以前たまたま見た臓器移植で元気になった人のスポーツ大会の映像でした。

【山野英夫さん】
「頑張る子供たちの様子とかが、思い出されたので、子供か大人かわかりませんが、その人たちのためになるんやったら臓器提供もいいんじゃないかなっていう結論がそこで出たわけです」

お兄さんの体は、多くの人の役に立ちその命を救いました。

<イベント会場>

「腎臓移植をして40年になります。40年長生きしています」

イベントには、移植をして元気になった人も参加しています。
お兄さんの臓器は誰のもとにいったかは、倫理上の理由で、知ることができませんが、山野さんは特別な感情で移植者たちを見つめます。

【山野英夫さん】
「もしかしたら、兄貴が中におるかもしれない。『移植を受けて、こんな無理ができるようになった。今までできなかったことができるようになった』と聞けるのが一番うれしいですね」

山野さんと交流するこちらの男性。心臓移植を受け元気になりました。

【心臓移植手術を受けた山田淳史さん】
「こうやって元気にいることはドナーさん、提供いただいた方に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。限られた時間の中で、難しい選択をしていただいたと思う。家族にとってもすごく厳しい選択だったと思う。決断をされたご家族に対し、感謝の気持ちでいっぱいです」

移植医療啓発のボランティアに参加する今、山野さんには伝えたいことがあります。

【臓器提供をしたドナー家族 山野英夫さん】
「僕の場合もそうだったんですが、悲しみの中で、究極の選択をしなければいけないというのは重荷になると思うんですよ。そういうひとつ心の負担を取り除くための意思表示じゃないかと思っています。したくなければしたくないでいいから、その意思表示もちゃんとしましょう。それが残された家族に対する思いやりの一つだよっていうことはお伝えしていきたい」

<スタジオ>
「自分が死んでしまったら…」残された家族のことを思うと、確かに考える必要がありそうですね。

【コメンテーター:広島大学大学院・匹田 篤 准教授】(社会情報・メディア論が専門)
「私もしてないんですが、意思表示しておくことで、家族が、例えば自分が死んだときに判断のよりどころとして判断できるって考えると、やっぱり意思表示をしないといけないなと思いました」

臓器提供には「あげる」「あげない」「もらう」「もらわない」4つの権利があるということで、そうした中で、イエスでもノーでもいいから意思表示をし、家族でしっかり話をしておいてほしいと山野さんは呼び掛けていました。