「姉の手紙に背中を押された」供述を一転させた姉からの手紙 広島市佐伯区バラバラ殺人(後編)

3/12(水) 20:00

 知人の男性を殺害し、その遺体をバラバラに解体して海に投棄するという極めて残虐な罪に問われている被告の男。被告は逮捕後、一時は犯行を認めていたが裁判では「殺害と解体は別の男によるものだ。」と犯行の一部を否認する供述を繰り返した。供述が変わった理由は何か?そこには姉から届いた3通の手紙が関係していた。
(前編から続く)

「大地は絶対にやっていないよね?信じています。」姉からの手紙 【証拠調べ 2月26日(火)】

 証拠調べでは、東京に住む姉の供述調書が読まれた。
調書では事件の翌日(2021年10月30日)の渡部被告の様子が示されていた。

【渡部被告の姉の調書】
「2021年10月30日、大地は私の娘の1歳の誕生日を祝うために、私が住む東京に来ました。母と祖母は前日に来ていたので、大地は遅れて午前10時過ぎに東京駅で合流しました。今でもよく覚えていますが、大地はその日、機嫌が悪いように見えましたが、私に向かって“来たよー”と声をかけてきました。それでも普段の様子と違ったので、夜に仕事があって、ひどく疲れているのかな?と思いました。」
 姉は事件について、渡部被告と母親と3人で電話をしている際に聞いたという。
渡部被告が最初「見知らぬ2人組が犯行に関与している」と話してきたため、姉は「そんなことありえるん?」ときつめに追及したという。すると渡部被告は「俺がやった。」と話したとした。
 しかし姉は「料理ができない弟が解体できるのか」「成人男性を1人で運べるのか」などの疑問を抱くようになった。
 そこで「本当のことを話して欲しい」という気持ちを込めて渡部被告に3通の手紙を送った。3通の手紙は裁判の中でも読まれた。ここでは一部を抜粋して記載する。

【1通目 2023年10月12日作成】
「どうしても伝えたいことがあって手紙を書きました。まず大地は絶対にやっていないよね?どう考えても無理だもん。1人では不可能だとみんなが言っています。大地はやっていない、殺していない、信じています。大地のことは誰よりも分かっているつもり。だから大地も信じてほしい。必ず守ってあげるから大丈夫だよ。本当のこと言いんさいよと何度も言ったけど、言いたくても言えなかったよね。大地が全ての罪をかぶることではなく、本当のことを話してくれることだけが大地自身、大地の大切な人を守ることになるよ。」

【2通目 2023年10月13日作成】
「本当のことを言うのに意味があることを忘れないでね。みんな大地を救うために動いているから安心してね。また手紙書くね。」

【3通目 2023年10月15日作成】
「怒っているわけじゃないけど、大地はどうして全て真実だけを話さないの?最初、やってもいない殺人をやったと言ったことでみんなすごく困っているんよ。私は全て仕事が無くなったよ。夫も仕事無くなった。本当はめちゃくちゃ大変な生活をしている。やっと本当のことを話し始めてくれてホッとしているけど、全部1から100まで真実のみを話してくれなきゃ意味ないよ。誰を守っているん?真実だけを話そうや。今まで言ってきたことを全部忘れて話すことが大切だよ。大地が真実を話してくれないとサポートもできないよ。」

 この手紙を読んだ渡部被告は自らの犯行を認めていた供述から一転し、「黒いジャンパーを着た男が殺害・死体を損壊した」と話すようになったと検察は指摘した。
 渡部被告は手紙が読まれている間、表情を変えることなく弁護側の資料に目を向けていた。

「被告の意思決定で最も左右されるのは家族への愛情」 渡部被告の精神鑑定を行った医師が証言する渡部被告のパーソナリティ 【証人尋問・被告人質問 2月27日(水)】

 第3回公判のこの日はまず、渡部被告を3ヶ月間に渡り精神鑑定を行った医師の証人尋問が行われた。医師が指摘したのは以下の通りである。

【渡部被告の精神鑑定を行った医師の指摘】
・精神障害は一切なく、統合失調症やうつ病などの病もなし
・IQは76で知的障害には該当しないが、速やかに物事を処理する能力が際立って低い
・普段の生活はある程度自立している。
・行動原理のうち、意思決定で最も左右されるのは家族への愛情で
 何かをする時、家族のためになるかが1番の要因となっている。
・精神鑑定を行っての印象はとても優しく穏やかな青年
 家族への愛情が深く、暴力的な人ではない。

【弁護人】
「家族の愛情が影響して、犯行に及んだことは考えられるのか?」
【精神鑑定を行った医師】
「それは十分に考えられる。瞬時に判断できる能力が低いため、カッとなった瞬間に行動を起こすことはある。」

医師は渡部被告の意思決定について「家族の愛情」が行動要因の最も大きなものだと指摘した。

「自分の大切な人たちをバカにしたことが許せなかった。」植木さんを突き飛ばした動機とは

 続いて行われた弁護側による被告人質問。渡部被告は植木さんと鉢合わせになった際、大切に育てていたネコをめぐり、トラブルが発生したと証言した。
【弁護人】
「植木さんと鉢合わせた時、どんな状況だった?」
【渡部被告】
「植木さんが“あんなネコのためにこんな時間までいるのはどうかと思うよ”と言った。自分が大切にしているネコのことを“あんな”という風に言われたが許せなくて、植木さんの胸を両手で押した。植木さんは倒れて、階段の角に頭をぶつけた。」

【弁護人】
「植木さんは倒れた後、何か言ってきた?」
【渡部被告】
「押したことを申し訳なく思ったので謝ったが、植木さんは受け入れる様子がなくむしろすごく怒った状態で母やおじの悪口を言った。」

【弁護人】
「どんなことを言った?」
【渡部被告】
「母親に関しては“コンビニやファミレスで働くような人間はダメだ”叔父に関しては“土方なんかしているからあんな見た目になるんだ。大学を出ている人間は土方なんかやらない”と言った。自分の大好きな人たちのことをバカにしたこと、ファミレスなどで働く人たちのこともバカにしたことが許せなくなった。ずっと悪口を言い続けていたので黙らせようと思い、庭にあった石で植木さんの顔を2回叩いた。」

 母親とおじに向けられた暴言を口にした時、渡部被告は涙を浮かべ、言葉を詰まらせながら答えた。植木さんを石で叩いた後、動揺したという渡部被告は10分程度外に出たが、植木さんのことが心配になり、祖母の家に戻ると「黒いジャンパーを着た男」がいたという。

「解体する場面は気持ち悪くて吐いた」男の指示で犯行に加担したと証言

【渡部被告】
「植木さんに見覚えのない男が上乗りになる形で、コンクリートブロックで何回も叩いていた。」

【弁護人】
「男は大地さんの存在に気づいた?」
【渡部被告】
「自分に気づいて、コンクリートブロックを持って近づいてきた。自分は“殺さないでください。なんでもしますから”と言うと、男は“今からすることを手伝え”と言った。遺体を風呂場に運んで、自分は遺体があった場所を掃除していた。ものすごく血があったので掃除は10分以上かかった。」

【弁護人】
「掃除した後は何をしていた?」
【渡部被告】
「風呂場に戻ると男は植木さんの服を脱がし始めていた。刃物を要求され、台所の包丁入れから5本のうち1本を持って行った。男は舌打ちをした。袋を持って来いと言われ、外の倉庫にあった麻袋2袋とクーラーボックス、寝室にあった圧縮袋2袋と2階にあった旅行鞄を男のそばまで持って行った。男は腕の解体をしていた。気持ち悪くて吐いた後、浴槽の中に入るように言われたため、水の張っていない浴槽に入った。しばたく解体しているところを見せられた。解体は一切手伝っていません。男の解体は4~5時間かかっていたと思う。」

【弁護人】
「解体した後は?」
【渡部被告】
「袋に入れるのを手伝うよう指示されたので圧縮袋に両腕を1袋、両足を1袋にして入れてクーラーボックスや旅行鞄に入れて、上半身と下半身はそれぞれ麻袋に分けて入れた。男は植木さんの車を発進させると、一度バックした後に右折して家の前を通りすぎる形で車を捨てに行った。」

残虐で卑劣極まりない犯行の様子について詳細に語る渡部被告。証言している間も淡々と答えている姿が印象的だった。

「姉の手紙に背中を押された」被告人質問で語る

 そして逮捕当初、犯行を認めていた供述から一転、犯行の一部を否認する供述へと変わったのは「姉から届いた手紙が理由だ」と自らの口で語った。
【渡部被告】
「(黒いジャンパーを着た男による犯行は)信じられない話だから、その話をするための一歩を踏み出す勇気が欲しかったが、母や姉に信用してもらえないと思った。だから“じゃあ俺がやった”と言った。」

【弁護人】
「実際と違うのになぜ言った?」
【渡部被告】
「自分のことをよく知っている母と姉なら、“そんなことはしていない”と信じてくれると思った。しかし、母や姉は自分がやったことを全面的に受け入れている様子だった。正直すごく傷ついて、家族にも信じてもらえないのだと絶望した。」

【弁護人】
「なぜ弁護士にも本当の話を言わなかった?」
【渡部被告】
「人間不信がマックスになっていて(弁護人の)“あなたを助ける”というのが信じられなかった。そこで接見に来た弁護士から姉が書いた手紙を見せられた。」

【弁護人】
「手紙を見て変わったのか?」
【渡部被告】
「自分のことを信じてくれているとことが分かった。姉が色々な人の意見を聞いて、“普通に考えて自分(渡部被告)がやったことはありえない”と言ってくれた。自分は殺していないし、解体もしていない、ということを信じてくれているのが分かった。手紙を見て、本当のことを話そうという勇気が湧いた」

「なぜ最初から本当の話をしなかった?」二転三転する供述【被告人質問 2月28日(金)】

 第4回公判のこの日、検察による被告人質問が行われた。検察はなぜ最初から別の男による犯行の話をしなかったのかを追求した。

【検察】
「なぜ最初から本当の話をしなかった?」
【渡部被告】
「話をしようと思っていたが、どうしても自分が家族にどう思われているか確認したかった。ただ、“自分が殺した”という嘘の話を受け入れられたので、話を訂正しても、家族に見捨てられると思って、訂正できずにいた。」

【検察】
「姉の手紙を読んで思いが変わったのか?」
【渡部被告】
「本当のことを話していれば、家族に影響が出ないと思ったし、していないことをしたと言うのはいけないと思った。」

何を聞いても「黒いジャンパーを着た男がやった」と主張する渡部被告に対し、検察は逮捕直後に取り調べた、渡部被告の自白調書を証拠として読み上げた。

【検察側証拠 被告人の自白調書】
「私は令和3年10月のある日の夜、植木さんの頭を何度も殴り、死なせました。植木さんは常に上から目線で接してきて、私は以前から植木さんが嫌いでした。事件の日、私の母やおじの仕事や人間性を何度も何度も悪く言ってきたので、ものすごく腹が立ちました。殴った後、胸に耳を当てると死んでいるのを確認したため、風呂場まで引きずって、体をバラバラにしました。バラバラにした植木さんの遺体をジップロックと麻袋に詰め、クーラーボックスに入れました。でも“とにかくこの人を黙らせたい”と思いだけで、殺したいという気持ちはありませんでした。バラバラにしたのは、気が動転したからです。本当のことを話したら家族に見捨てられると思い、嘘の話をしました。」

 弁護側と検察側による被告人質問を聞いた裁判員からは素朴な疑問が投げかけられた。

【裁判員】
「殺害した男が仕返しにくるという思いはなかった?」
【渡部被告】
「いつ、突然現れるか分からなくて、怖くて、どの人に助けを求めたらいいのか、助けを求めた人にも危害が及ぶ可能性があるかもしれないと思い、相談できなかった」

「無反省の被告人が社会に戻る必要はない」植木さんの息子の怒りと叫び

 裁判では、初公判からこの日の被告人質問まで植木さんの息子が検察の後ろの席に座り、公判を聞いていた。息子は突然、父親を亡くした悲痛な叫びと被告人に対する怒りの気持ちを言葉にした。
【植木さんの息子】
「父親は明るく優しい人でした。公判では父が暴言を吐いた話などが出ていますが、憶測だけで判断しないでください。もし家族に対する暴言が事実なら、人として間違った発言だと思いますが、手を出すのではなく、言葉で言い返したり、誰かに相談したりするなど、いくらでもやりようがあったはずです。黒ずくめの男が行ったという話は不合理な作り話ばかりです。被告に反省の態度はなく、作り話に終始していて、なぜ、この事件が起きたのか、背景が何だったのか知ることができませんでした。無反省の被告人が社会に戻る必要はありません。どんな理由があったとしても親が殺されたことは許せない」

 息子は涙を流しながらも、強く・はっきりとした口調で意見を述べていた。この間、渡部被告は何一つ表情を変えずに聞いていた。

「供述をコロコロ変えていて全く信用できない」検察側は懲役20年を求刑【論告弁論 3月4日(火)】

 第5回公判のこの日は論告弁論が行われた。検察側は当初認めていた供述から犯行を一部否認するようになった渡部被告を改めて批難。
 「被害者の顔面は凶器で殴られ、激しく損傷しており、強い殺意が認められる。逮捕前と逮捕後で供述をコロコロと変えていて、見知らぬ男が殺害と解体を行ったとする被告の供述は、不自然で全く信用できない。」などと指摘して懲役20年を求刑した。

 一方の弁護側は「被告に殺意はなく、遺体の解体は2時間程度で行ったとされるが、人体の知識がない被告が包丁一本で行うのは不可能だ。死体遺棄も男から指示されて行ったものだ」などとして、執行猶予付きの判決が妥当だとした。

「殺害と解体はやっていません。自分から話したことが真実です。信じてください。」

 検察による論告、弁護人による弁論が終わったあと、最後に裁判長から「最後に言いたいことはありますか?」と問われると、渡部被告は手に持っていた封筒から紙を取り出し、朗読を始めた。

【渡部被告】
「裁判の冒頭でも話した通り、自分は殺していません。解体もしていません。植木さんにケガをさせて、死体を遺棄したことは反省しているが、殺害と解体はやっていません。自分から話したことが真実です。信じてください」

 朗読を終えた後、深々と一礼して、元の席へと戻っていった。
 おとなしい印象の男が罪に問われているあまりに無残で残虐な今回の事件。検察側と弁護側で主張が全く異なるなか、裁判所の判断はどうなるのか。
 注目の判決は3月13日の午後、広島地裁で言い渡される。