2020年1月16日(木)
【よくある相談シリーズ】子育て中の夫婦の会話、どうしてる?
今回のお題は、「子育てをめぐる夫婦間のコミュニケーション」です。このコラムでは、主に小学生の子どもと親とのコミュニケーションにかかわる問題について、言語学・心理学の研究者としての立場から、また私自身8歳の娘がいる母親として、みなさんと一緒に考えてみたいと思っています。
●夫婦で思いを共有してる?
ある朝、先に家を出る夫にいつものように「今日も帰りが遅いの?」と聞いたところ、「えっ? 今日は帰って来ないよ」との答えが返ってきて仰天しました。言われてみれば、珍しく泊まりの出張が近々ある、という話は聞いていましたし、リビングの共用カレンダーにもちゃんと予定が書き込まれていました。用件を口頭で伝えても、後日「言った」「聞いてない」と水掛け論になることがよくあるので、お互いに関係しそうな予定や子どもの行事などは共有カレンダーに書くようにしています。でも、その共用カレンダーをチェックしていなかったのですから、我ながら困ったものです。
夫婦間の日常のコミュニケーションには、上記のように自分の予定をパートナーに伝える(パートナーの予定を把握する)、家事や育児の役割を分担する、交渉して役割を代わってもらう、やってもらいたいことをお願いする、休日のお出かけ予定を相談して決めるなど、「課題遂行」を目的としたやり取りがあります。一方で、その日にあったおもしろい出来事を報告する、愚痴を聞いてもらう、一緒に見たドラマの感想を語り合うなどのやり取りは、「お互いの思いを共有し、関係を維持する」ことに主眼があります。
「課題遂行」のためのコミュニケーションの場合、特に意識すべきなのは、必要な情報を正確に伝え、理解することです。夫婦といえども、言葉を解釈するための知識体系も価値観も異なる別個の人間です。同じ言葉を聞いて思い浮かべることも違うでしょうし、大切だと思うこととそうでないことの判断基準やものごとの優先順位づけも違うかもしれません。自分と相手が「違うフィルター」を通して世界を見ているというイメージを持つと、相手の発言を誤解したり、自分の発言がうまく伝わらなかったりする可能性が常にあることがわかります。そのような誤解を最小限に留めるよう工夫することが、「課題遂行」のためのコミュニケーションがうまくいくかどうかの鍵になります。もちろん、その場のやり取りをうまく進めるだけでなく、伝えられた情報を記憶しておく、自分に割り振られた用件は期日までに行う、何らかの理由があって課題が遂行できない時には相手にも報告するといった後々の動きも大事です(自戒を込めて)。
●ポイントは「共感」を伝えること
「お互いの思いを共有し、関係を維持する」ためのコミュニケーションでは、やり取りされる情報の正確さや、課題が確実に遂行されるか(されたか)という点よりも、自分の思いを相手が共感を持って受け止めてくれたかが評価ポイントになります。聴く側は、自分自身の価値観を一旦脇に置いておき、相手がどのような気持ちでその話をしているのかを汲み取って、その思いを尊重し、共感を示すことが求められます。その際、聴く姿勢や顔の表情・うなずき・あいづち・笑い・ほめる言葉やねぎらいの言葉・同調する言葉など、相手にも「見える」形で尊重や共感を伝えることが大切です。このような聴き方をすることが、相手の存在を認め、それを肯定的に受け入れることにつながります。
とは言え、専門家から見ても難しく感じるのは、日常の多くの会話ではこれら2つの要素が混じり合っていることです。子育ての分担について話し合っていたはずが、いつの間にか片方がもう一方を非難してケンカになっていたとか、愚痴だと思って聞き役に徹していたら「もっと真剣に考えてよ」と言われてしまったとか、「コミュニケーションがうまくいかない」と思う経験は誰にでもあるものです。上の2つのコミュニケーションは、明確に区別できるものではありません。でも、自分たちが今やっている会話がどちらに重きを置いているのかをお互いに見失わないようにすると、自分は相手からどのような反応が欲しいのか、また逆に、自分の受け答えがこのやり取りの中で適切なのか、を自己チェックできます。また、パートナーの言葉に反応して過度に感情的にならないよう意識することや、相手の言葉の裏側に隠されている感情や思いがありそうなら、それを聞き出してケアする配慮も有効でしょう。
●相手の顔を見る余裕を持とう!
子育てをめぐる夫婦間のコミュニケーションに関して、家族心理学の過去の研究では、母親が父親と子どもの間に入り、「門番」として父親の育児関与に干渉するため、結果的に父親の子供への関与が妨げられている、との指摘がありました。これに対して、より近年の研究では、母親の言動は父親の育児関与を抑制するネガティブなものばかりではなく、むしろ関与を促すポジティブな働きをするものもあり、そのような「調整行動」を通して、一緒に子育てを行い、ともに親として成長する夫婦関係が形成される(「コペアレンティング」=一緒に育児をすること)、という考え方に変わってきています(注1,2)。
●父親の育児関与を促す「促進行動」には、次のようなものがあります(注3)。
●逆に、父親の育児関与を妨げる「批判行動」には、次のようなものがあります。
「促進行動」が多ければ、父親の子どもへの関与や、子育ての協働感、夫婦関係への満足感が高くなり、逆に「批判行動」が多いと子育ての協働感・夫婦関係への満足感がともに低くなる傾向が研究によって示されています(注4)。
現在の日本では、子育ては父親と母親の双方が、主体的に、また平等に関わるもの、という考えが主流になってきています。父親が母親の育児を「手伝う」のではなく、二人で一緒に子どもを育てる「コペアレンティング」は、結局のところ、日々のコミュニケーションの積み重ねで成り立つものです。忙しい毎日の中で、子どもにばかり意識を向けるのではなく、夫の顔や妻の顔をよく見て話をする心のゆとりを持ちたいものです(自戒を込めて)。
注1)加藤道代・黒澤泰・神谷哲司.2012.母親のgatekeepingに関する研究動向と課題―夫婦ペアレンティングの理解のために―.『東北大学大学院教育学研究科研究年報』、61(1)、109-126
注2)ここでは母親から父親への「調整行動」を取り上げていますが、それ以外にも、父親から母親に向けたもの、それ以外の養育者が関わるものもありえます。
注3)加藤道代・黒澤泰・神谷哲司.2014.夫婦ペアレンティング調整尺度作成と子育て時期による変化の横断的検討.『心理学研究』、84(6)、566-575
注4)なお、母親の回答では、子どもの年齢が上がるとこのような調整行動はどちらも少なくなります。一方、父親の回答では、母親による促進行動は子どもが大きくなると少なくなるのに対し、批判行動の頻度は子どもの年齢による有意な差が認められないそうです。お父さんの意識では、子どもが成長するに伴って、妻からほめられたり励まされたりする機会が少なくなるのに、相変わらず批判はされるということなのでしょうか。興味深い結果です。
- 鈴木佳奈
広島国際大学
心理学部心理学科 准教授
博士(学術) - 大学生を対象とするコミュニケーション教育(日本語の読み書き、アカデミックライティング、プレゼンテーション、ディベート)に携わっています。
専門分野は社会言語学、会話分析。日常会話を分析して、私たちがことばを使いながらどのようにお互いを理解し合ったり誤解したりしているのかを調べます。プライベートでも、8歳の娘とのコミュニケーションに笑ったり怒ったりしています。