2021年7月15日(木)
【よくある相談シリーズ】通常学校か、特別支援学校か、うちの子の就学先に迷っています…。
●はじめに
いま、こちらのページをご覧いただいている方は、どのようなきっかけでこちらにいらっしゃいましたでしょうか。ご自身のお子様の就学先に悩んでいるのかもしれません。また、その親族の方かもしれませんし、「就学」という言葉で検索をして学習を進めている学生の方かもしれません。
ところで、現在の日本においても様々な選択(チョイス)があります。大きく分ければ公立学校/私立学校、中高一貫校ないし小中一貫校(現在は中等教育学校、義務教育学校と称されています)、フリースクールやインターナショナルスクールなどです。今回はこのうち、特に通常学校と特別支援学級・学校に限った話をしていきます。
結論を先に申し上げれば、私は「障害があれば特別支援学校に行くべきだ(もしくは行くべきではない)」といった確固たる思いを持っているわけではありません。しかし、その選択をめぐっていくつか考えるポイントをお示しすることはできると考えています。みなさんのヒントになれば幸いです。
●特別支援学校って、どんなところ?
私は現在、勤務先において特別支援学校教員の教員養成を主に担当しています。そうした中で何よりも感じるのは、特別支援学校に対するイメージ先行です。これは決してネガティブなものという意味だけではなく、ポジティブなものも含まれます。どういうことかというと、ほとんどの学生は特別支援学校に通ったことはもちろん、足を踏み入れたこともなく、どうしても様々な想像をしてしまうのです。
重度の障害がある子どもたちが行くところ(=特別支援学校への就学を推奨されたということは目の前の子どもたちは重度の障害のある子どもなのだという考えにもつながります)という考え方や、学校の中にあった特別支援学級のイメージから子どもたちが楽しそうに通っているところというようなものが挙げられます。では、実際のところはどうなのでしょうか。
2007年からスタートした特別支援教育では、就学先、すなわち教育の場としては主に3つの場が想定されています。特別支援学校、通常学校内にある特別支援学級、そして通常学級です。あくまで傾向としてですが、小学校低学年の間は通常学級にいた子どもたちも学年進行とともに、特別支援学級に移っていく状況に見られるように、学年や学校段階があがるにつれて、通常学級外の場での教育を受ける子どもたちの数が増加しています。これは学年進行とともに、学習内容の抽象度が上がり、学習についていけなくなる、ということに拠ります。
皆さんもご存知の通り、日本の学校教育においては国定のカリキュラム(学ぶ内容とその順序)があり、日本のどこで教育を受けようとも同じ内容の教育を受けることができます(転校しても基本的には問題がないというように)。それに対して、このカリキュラムの内容を目の前にいる子どもたち向けに変更することができるのが特別支援教育の特徴です。
例えば、4年生の子どもたちが2年生の内容を学ぶことが許容されるというようなことが挙げられます。特別支援学級においては、原則として通常学級のカリキュラムに準拠するとされていますが、特別の教育課程(子どもたち向けにカリキュラムを変更したもの)を組むことは許容されていますし、私の見てきた限りでは多くの学級で取り組まれています。
言うなれば、他の子どもたちと同様の学習内容を取り扱う通常学級、個々(小集団のこともあります)の子どもたち向けの学習内容を組むのが特別支援教育と考えることができます。現在の就学先決定のシステムでは、基本的に保護者の方と子どもの意思を尊重し、最終的には行政側が就学先を決定することになっています。よくこのことをお話すると、結局子どもや保護者の意思を優先してくれないのだなという感想をいただくことがあります。
もちろん、そうしたことが全くないとはいい切れません。しかし、仮に保護者の皆さんや子どもたちの意思を優先するとなると「自分たちで決めたことでしょう」となってしまうこともあり得るのではないでしょうか。むしろ、行政側が最終決定を行うことは、地方教育委員会や学校がきちんと子どもたちの学習する権利をその先で保障していくという意思を示すことにつながると私は考えています。
●障害者差別解消法について
ところで、就学先で迷っている皆さんの中で、「合理的配慮」や「障害者差別解消法」といった言葉を耳にしたことがある人がいらっしゃると思います。障害者差別解消法は2016年に施行され、障害を理由とするいかなる差別も許されないことが明示され、差別的取扱いの内容の中に「合理的配慮の不提供」が挙げられました。少々乱暴な言い方ですが、障害者が障害を理由に様々なことを行えない状況が存在することそのものが差別である、ということです。そして、その差別的な扱いを解消することは行政や事業者の責務であるとされました。
法律の解説は様々なホームページや書籍が出ていますので、ここでは割愛しますが、その中で重要なこととして、合理的配慮の「対話的性格」があります。すなわち、合理的配慮の内容は事業者が勝手に決めることでもなければ、配慮を求める側の要望がすべて通ることでもありません。私たちが勤めている大学も同様に、障害のある学生に対しては様々な配慮を決定し、運用しています。ただし、この配慮の内容は一朝一夕で成立したものではありません。一概にいつから考えればよいとは言えませんが、少なくとも障害のある学生が受験を希望される場合などにはできる限り早くご相談いただければ、本学でできること、やっていることをお伝えできますし、希望を予め伺い、検討することもあります。
皆さんのお子さんが通おうとしている学校や地域においても、すでに様々な配慮がなされているかもしれません。私としては、そうした情報は早めにキャッチしておいて悪いことはないと思いますし、「どうせ無理だろう」といった思い込みなどで決めてしまうのではなく、それぞれの就学先でできること/できないことをもとに考えていくことが大切だと考えています。
●話題の「インクルーシブ教育」について
ここまでつらつらと制度的な側面を中心にお話してきました。最後に最近聞かれるようになった「インクルーシブ教育」について少しだけ紹介したいと思います。よく言われることですが、「インクルーシブ教育」は通常学級で障害のある子どもたちを教育することだけを意味していません。大切なことは、子どもたちの学習する権利を保障することです。そして、それを通常学級で実現していくことが求められています。
しかし、すでに多くの研究者が指摘していることですが、日本の「インクルーシブ教育」は、通常とは異なる場での教育を容認し、むしろ通常学級から子どもたちを流出させているという批判もされています。私個人としては、そうした状況は改善されるべきであると考えていますし、本当の意味で就学先の選択をできるということは、通常学級においてもすべての子どもたちの学習する権利が保障されていなければ成立しないと考えています。
ただし、実際のところすべての学校ですべての子どもの学習する権利を保障するといった状況はまだ実現できていないでしょう。また、学校のもつ様々な歴史的経緯などからその実現度合いにもばらつきが存在しています。そうしたことも踏まえながら、検討いただければと思います。
- 伊藤 駿
広島文化学園大学
学芸学部子ども学科 講師 - 日本学術振興会特別研究員、英国ダンディー大学研究員を経て、現在、広島文化学園大学学芸学部子ども学科講師。専門は比較教育社会学、インクルーシブ教育。主な業績として、『学力格差に向き合う学校』(共著)明石書店、2019年。「通常学校への全員就学をインクルーシブ教育として志向することに伴う困難―スコットランドにおけるACEsを有する子どもたちの事例から」『比較教育学研究』第59号, pp.2-22.