2022年8月17日(水)
【よくある相談シリーズ】うちの子、ダラダラ星人で、なかなか次の行動ができません。
●取り組む主体は、あくまでも「子ども本人」。
私たち大人が生活する中では、仕事や家事のように、所定の期日までに確実に完了させないと、その後の生活や周囲の予定に差し障りが出る事柄は少なくありません。私がいま書いているこの原稿も締切日がありますが、あまり直前に取り掛かると不慮の事態に対応できませんので、私たち大人はそのような事柄に対しては趣味や娯楽の時間よりも優先的に時間配分し、先延ばしの結果、生じる事故や不利益をできるだけ回避するように努めます。
子どもが通う学校にももちろん、宿題や課題をはじめ期日内の完成・提出が求められる事柄は多くありますので、周囲の大人としては、子どもの自主的な取り組みを尊重したいという思いがあっても、つい早め早めの取り掛かりや気持ちの切り替えを促したくなりますよね。
大人はその豊富な経験から先延ばしは不慮の事態に脆いことを知っていますので、そのような助言や忠告自体は道理に適うものですが、小学校中高年ともなれば素直に受け容れてくれることばかりではありません。「言われなくてもわかっているし!」「自分のタイミングで始めるから!」「ていうか、うるさい!」子どもが失敗して不利益を被ることがないように、また自ら行動を管理・調整する力を身に付けてもらえるように願って助言や忠告をする大人からすれば、腹立たしく感じる言葉を受けることもあるかもしれません。
ただ、そのような場合に心に留めておきたいのは、取り組む主体はあくまでも「子ども本人」であって私たち大人ではない、という点です。
私たちは自分の欲求(ここでは、「子どもにこちらが適切と思う時に取り掛かってほしい」)が満たされなかった時、それを妨げる要因(ここでは、子ども自身の主体性や意思)に対して「怒り」や「腹立たしさ」を感じることになりますが、ギリギリで気忙しく対応することになるのも、失敗して不利益を被ることになるのも「子どもの問題で大人ではない」のですから、自分の思い通りにいかない「怒り」の対象に入れてしまうことは相応しくありません。
「怒り」は攻撃行動を伴うことでその阻害要因を排除するように私たちに仕向けますから、ガミガミとした叱責やクドクドとした説教を子どもに浴びせる可能性がどうしても高くなります。子どもは自分の主体性を侵害されてストレスが募り、次の行動にも意欲が持ちづらくなるでしょうし、大人からの更なる侵害に備えて心の壁を厚く強化するでしょうから、どんな助言も忠告も益々届きづらくなることが予想されます。
そのような悪循環を避けるためにも、短期間で劇的に行動が改善するという大人本位の期待は持たずに、(行動の切り替えが難しいという)子どものいまの在り様を「受け容れて気長に待つ」、長期戦の心構えでまずは臨みたいですね。
●子どもが先延ばしする「背景」に気を配る。
基本の心構えを確認できたら、それでも現時点で何か支援できることはないか、具体的な介入や支援の戦略を練ることになりますが、ここでも子どもが自分でできる主体的な活動を積極的に取り込んで活かすことが有効かもしれません。
大人の目からは「優先順位の低い活動にいつまでも没頭している、見通しが甘く野放図な状態」に見えたとしても、子ども自身がその行動や課題の価値や優先順位をどのように認識しているか、自分自身の課題に取り組む力や所要時間をどのように見込んでいるか、課題のスケジュールを認識してもなお行動を切り替えられない事情があるのか、子どもが課題に取り組まない「背景」に気を配りながら具体的な声掛けや介入をしていきたいですね。
以下では、その背景の一例として「途中で止められない程に行動の切り替えが難しい」場合を取り上げて、具体的な介入や支援策を探っていきたいと思います。
◆【背景例】途中で止められない程に行動の切り替えが難しい(=「実行機能」の問題)
私たち大人は、その日の内に優先順位の高い仕事や家事が控えている場合、事前に1日の活動計画を立て、目的に照らして不必要な(優先順位の低い)行動を抑えるように自身の考えや行動をコントロールしながら課題を遂行していくことができると思います。
このような目的に沿った行動をやり遂げるために必要な能力のまとまりのことを「実行機能」といい、以下のような4つの要素から構成されています。
日々の生活や学習活動を円滑に進める上で重要な役割を果たす「実行機能」は、幼児期に最も顕著に発達し、その後児童期、青年期と緩やかに発達することが一般的ではありますが、当然発達には個人差がありますので、小学校中高年であってもなかなか難しいこともあれば、妨害(ここでは、遊び)があまりにも魅力的であったり、課題(たとえば、宿題)の意義や価値があまり感じられない場合等には十分機能しないことも有り得ます。
そのような場合に周囲の大人ができる支援としては、「実行機能」(❶プランニング ❷ワーキングメモリ ❸抑制 ❹シフティング)を補助してくれる環境をあらかじめ用意することが挙げられますが、その際、子どもが自分でできる主体的な活動を積極的に取り込んで「子ども自身が決めた(準備した)」という状況が設定できるとより効果が高まりますし、自身の行動を管理・調整する力の向上にも繋がります。
❶プランニング(計画作成)や❷ワーキングメモリ(情報保持)の補助としては、子どもが遊び始める前にこれからのスケジュールについて一緒に話し合って合意する、簡単な絵や図(時計やフロー図)を描いて内容を確認してもらい、目に見えるところに貼る、等が挙げられます。まずは大人が補助しながら事前にスケジュールの見通しを持ってもらうことで、遊びに集中し過ぎてしまうことを防ぐ効果が期待できますし、一方的に設定するのではなく子どもと一緒に決めることで、切り替え時の納得感も持ち易くなるかと思います。
❹シフティング(行動切替)の補助についても、周りの大人が監督者や管理者のように直接指示することは避けて、クッキングタイマー等のアラームを活用することが有効かもしれません。慣れない間はアラーム即終了とはせずに、やり残しはないか(やり終えるにはどれ位掛かるか)確認して適宜延長しても良いでしょうし、時間がある程度経過するごとに鳴る設定にできれば、時間内に気持ち良く区切れるように自ら調整し易くなり、切り替えに向けた気持ちの準備も整え易くなります。大人が直接時間を区切ってしまうと、管理された不本意さでスムーズな切り替えが邪魔されますので、子ども自身がセットしたアラームに声を掛けてもらう方が得策でしょう。
◆【背景例】(いま・この場の)短期間の行動変容に固執しない
子どもが行動を切り替えづらい背景としては、「自分の課題に取り組む力や所要時間を読み違えている」場合や、「課題の取り組みを避ける目的で直前の行動に固執している」場合も有り得ます。
小学校中高年であれば、自分自身の課題に取り組む力や所要時間はだいぶ実態と近い評価ができることが多いと思いますが、遊びの継続が魅力的過ぎる場合には所要時間を甘く見込んでしまうこともあろうかと思いますし、大人の目にはだらだらと同じ遊びを繰り返しているように見えても、色々試行錯誤しながらその遊びの中からしか得られない貴重な学びを蓄積しているのかもしれません。
また、課題(たとえば、宿題)の意義や価値があまり感じられない場合には難しい行動の切り替えも、目的意識がしっかり持てる内容であればサッと切り替えられることもありますし、いま・この場の切り替えが難しいからといって、将来にわたって・あらゆる場面で切り替えが難しい大人になるわけでもありません。
いずれの場合も「優先順位の低い活動に時間を無駄にしている」という認識で大人が監督者や管理者のように正面から介入すると、前述した通りの悪循環に陥り易くなりますので、主体である子どもの思いや背景を尊重しながら側面からの立ち位置で、子どもが周りの道具を上手く活用したり目的意識や見込みを持ちながら自身の行動を管理・調整する力を学んでいく機会を提供できたら良いですね。
- 五十嵐 亮(いがらし りょう)
- 安田女子大学教育学部児童教育学科 准教授。京都大学教育学部卒業、九州大学大学院修士課程修了、同博士後期課程単位取得後退学。博士(心理学)。専門は教育心理学に発達心理学、教育工学と、新しいことが「わかる」「出来る」「身に付く」メカニズムを探究し、学習者を支援する学問分野です。主に授業分析方法の開発や、教師や教職課程学生の学習過程、(「自ら学ぶ力」の形成過程や自己調整学習方略の獲得支援など)子どもの認知発達に関する研究を行っています。プライベートでは、7歳の娘と5歳の息子の子育てに、日々試行錯誤中です。