子育てアドバイス

【よくある相談シリーズ】うちの子、運動が苦手で、体力づくりが心配です。


運動が苦手だと体力がつかないかというと、そうではないことを述べたいと思います。

 

 

●コロナ禍における子どもたちの体力の低下。

スポーツ庁が「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果を公表していますが、小学5年生の2021(令和3)年の体力合計点(平均値)が、2019(令和1)年に比べて男女ともに下がっています。特に素早い動き(反復横跳び)や筋持久力(上体起こし)、心肺持久力(20mシャトルラン)が大きく低下したことが報告されています。全体の比率をみると体力の高いグループの人数が減り、低いグループの人数が増えています。体の柔らかさ(長座体前屈)だけは記録が上がっています。この結果からコロナ禍で柔軟運動など活動範囲の小さい動きは増えているが、大きな動きの全身活動を続ける機会が減っているのではないかと考えられます。

また、報告書では、体力低下の要因として、①運動時間の減少 ②学習以外のスクリーンタイム(※1)の増加 ⓷肥満傾向のある子どもの増加 が挙げられ、コロナ禍によってそれらに拍車がかかったと考えられています。さらに、体育の授業以外で体力向上の取り組みが減少したことも背景にあると記されています。このほかにも、筋力(握力)や投能力(ソフトボール投げ)が低下していることは長年指摘されているところです。こうしたコロナ禍における子どもたちの体力を見ても、運動不足が体力の低下をもたらすことが明らかです。

※1 スクリーンタイムとは、テレビ・スマートフォン・ゲーム機など映像の視聴時間。

 

 

●体力づくりは、運動技能より、運動量の問題。

コロナ禍の影響が歴然とした2021(令和3)年度の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果に、動かなければ体力は上がらないということが如実に表れています。裏を返せば、運動や日常生活での全身活動が体力向上につながるということであり、運動が苦手か否かより運動をするかしないかが問題なのです。

先の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果報告を見てみましょう。1週間を振り返って、体育の授業以外にどれくらい全身運動をするかを尋ねたところ、1週間の総運動時間が420分以上の子どもは420分以下の子どもに比べて体力合計点が男女とも高いという結果でした。体力合計点とは、8種目の各体力テストの記録を10点満点で得点化し、8種目分を合計した点数です(最高80点)。5年生全児童の平均は男子52.5点、女子54.7点ですが、420分以上の子どもは420分以下の子どもより男子は8.5点、女子は6.5点高くなっています。つまり1日60分以上運動している子どもの体力が60分未満の子どもより高いという結果が数値にも表れているのです。

1日60分の運動を目安とするのは、特に科学的根拠があるわけではないようですが、世界的に子どもの体力向上のための運動時間として「1日60分以上」を目安にしている国が多いようです。WHO(世界保健機関)も2010年に子どもの健康づくりのために1日平均60分の有酸素運動を推奨し、2020年にも新たなガイドラインによっても子ども(5~17歳)は1日平均60分の有酸素運動をすべきであると述べ、運動不足の解消を訴えています。このガイドラインの中で運動はどのようなものでもよく、日常生活の中での動きも含めてより多くの運動をすることを奨めています。

運動が得意な子どもは、一般的に体を動かすことに積極的で運動量が多くなり、体力も高まるといえるでしょう。また、体力が高い方が運動技能が向上しやすいとも考えられます。その点で体力と運動能力は相互関連的に高まっていくと考えられますが、運動能力が低いから体力が高まらないとは言えません。運動が苦手な人は必ずしも体力が低いわけではなく、体力づくりは技能ではなく運動量が問題なのです。

 

 

●運動が苦手な子どもたちの運動量を確保するには…。

今世紀初めころから、子どもの体力づくりに欠かせない「サンマ」の不足が問題視されるようになりました。習い事が増えるなど、日常生活の中で子どもたちが遊びに熱中する「時間」が確保できにくくなるとともに、公園・広場など子どもたちが思い切り遊びまわる「空間」が制限され、連れ立って遊ぶ「仲間」がいなくなるといった「三つの間」(サンマ)が減少していることが、子どもの運動不足をもたらし、体力の低下の原因なっていることが指摘されるようになりました。

自由な時間はあってもテレビ視聴や電子ゲームに時間を奪われ、運動時間の減少に拍車をかけています。公園に行っても不審者の危険が潜んでいたり、園内の使用制限に縛られたりして、一人遊びもボールゲームなどの仲間との活発な遊びも制限されてしまいます。こうした日常的に運動(遊び)に熱中できない状況が体力低下をもたらしていると考えられています。また、2019年末以後のコロナ禍が、子どもたちの運動(遊び)の抑制にさらに追い打ちをかけていることは前述したとおりです。

基礎的な体力を身に付けるのは、全身を動かすこと、運動量を確保することが不可欠です。運動不足を問題にしてきましたが、運動が苦手だから運動を避け、体力がつかないという現実は確かにあります。しかし、苦手であっても今できる運動に取り組むこと、日常的に体を動かすことによって体力の維持・向上は可能です。

テレビやゲームの時間が長いようでしたら、その時間を少し削り、できるだけ外に出て体を動かす時間を確保することです。家の中でも全身を動かす場面は多様に作れると思います。便利な日常生活の中にも風呂洗いや洗濯物の取り入れなどの全身活動の機会を確保することや、車で行っている買物に歩いて出かけるなど、できることを取り入れて継続的に全身運動を実践することです。

子どもの運動量を確保するためには、保護者のサポートが大切です。運動に熱中する機会(時間・空間)を日常生活に確保することや、運動が楽しいと感じて自ら取り組める環境(人・モノ・空間)を工夫することです。動きたい欲求を抑えつけるのではなく、できるだけ外に出て体を動かすことを生活時間に組み込みたいものです。時間にけじめをつけた生活や安全に留意することが前提です。

そして、運動することを評価し、苦手な運動の小さな進歩を認めてあげることです。たとえば、公園に行って鉄棒や雲梯にぶら下がるだけでも良いです。鉄棒に跳び上がって前回りができたら一緒に「ヤッター!」と喜んであげたり、雲梯の端まで移動できたら「バンザイ!」をしてあげるなどです。できることを評価してあげれば、子どもは必ず、次のステップを目指すものです。「できた!」の経験が重なれば、夢中になって運動(遊び)をすることは請け合いです。

こうしたことの継続で、子どもに運動の楽しさを味わってもらうと同時に、運動をすることが良いことだと認識させることが重要です。運動が苦手であっても今できる運動を楽しみ継続することが大事で、それが体力づくりに繋がります。

 

 

 

 

●便利で快適な生活様式による体力低下。

体力づくりは、運動(遊び)だけではありません。運動不足の背景には便利になっている生活環境があります。社会の発展は喜ばしいことですが、それに伴い生活を支える全身活動がどんどん減ってきました。車社会になり、近くでも車で移動することが多いのではないでしょうか。エレベーター・エスカレーターが普及し、動く歩道まで出現し、移動手段として歩かなくてもすむ場面が増えています。

今は多くの水道で蛇口に手をかざせば自動的に水が出てきます。日常生活の中で水を使わない日はありませんが、カラン(水栓)を回す動作は不要になっています。すべての蛇口がそうではありませんが、カランを回す力は不要になっていること一つを見ても、手先の力が不要になり、それが握力低下につながることは必然でしょう。逆に、子どもの握力がないから水道の蛇口は自動化しなければならない現状もあるようです。

日常生活で体を動かさなくても支障がなくなっている事例は、枚挙にいとまがありません。雑巾がけをしなくなったこともよく取り上げられますが、雑巾を洗って絞り、床を拭く活動は握力や体幹・手足の筋力を要し、それを繰り返すことは相当な全身運動になります。学校では掃除時間に雑巾がけをすることが日課になっている時代もありました。長い床の廊下の雑巾がけは、結構な体力づくりになっていたように思いますが、いまはピータイルが多く、子どもたちが並んでうつ伏せになって雑巾をかける姿はあまり見られなくなりました。学校でも家庭でも住環境が変化し、生活様式が変わって、便利さが加速している今日、日常生活で全身活動をしなければならない場面が激減しており、日々の運動量は確実に減少しています。それが少なからず体力づくりに影響しているのです。

 

 

●体育の授業では、運動が好きになる取り組みも。

運動が苦手であっても今できることに取り組むことや、日常生活の中で体を動かすことが体力向上につながると述べてきました。学校でも体力の向上を目指して、学校をあげて様々な取り組みが進められています。運動が苦手な子どもも得意な子どもも、みんなが良く運動し体力を高めていくことが教育課題の一つとなっています。

体育の学習において、運動の苦手な児童への配慮が重視されています。学校の先生方の指導資料の中に、運動が苦手な児童にどのように配慮するかが示されているのです。それは、運動が苦手な子どもも決して置き去りにしないで、すべての子どもたちが今できることを楽しみながら運動が好きになり、基礎的な運動能力を身に付けていきながら体力を高めていってほしいと願っているからです。

ボールが固いと突き指が怖くてボール遊びに馴染めない子どももいます。そのような場合には、柔らかいボールを使ったり、新聞紙を丸めてボール代わりにしたりするなど、「痛い」「怖い」を退け、ボール運動が苦手な子どもたちも楽しめるよう手立てが考えられています。マット運動で前回りが苦手な子どもには、マットの下に踏み切り板などを入れて傾斜をつけ、回転しやすくするなど、体育の学習に配慮の仕方が紹介され、苦手な子どもも楽しく運動ができるよう工夫がされているのです。

運動の得手・不得手や好き嫌いは当然のこととして考えられますが、得意でない子どもたちも運動に馴染めるように指導が工夫されています。同じように、「運動に意欲的でない児童への配慮の例」が示され、少しずつでも体を動かすことや運動に前向きになることを目指しています。「苦手だから運動しない」から脱却して、自分なりに運動を楽しむ子どもになり、主体的・意欲的に運動に取り組めるように授業が進められているのです。

 

 

●体力づくりは、運動の継続と生活習慣から。

体力は、人間の活動の源です。健康維持とともに意欲や気力などの精神面の充実にも大きく関わっており、学力・豊かな心とともに「生きる力」の3要素と言われています。体力を高めるために運動量を増やすことが必要で、そのために学校でも家庭でも子どもが運動好きになる手立てが求められます。

運動が好きになるかどうかは運動が楽しいと感じるかどうかに関わっています。先の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」にも運動が楽しいと感じる要因として、「できるようになった」「うまくなった」などとともに「褒められた」「仲間と一緒に運動した」ことが挙げられています。運動が苦手な子どもについても同様で、少しでもできるようになることとともに、運動を評価されることで運動が楽しくなり、運動好きになって運動量が増えていくことが期待できます。

さらに、体力の向上は運動をすることだけではなく、日常の生活習慣との関連が深いことが前述の調査結果として報告されています。2019(令和1)年度の報告内容ですが、体力テストの結果と生活習慣調査の結果をクロスしてみると、体力合計点が高い児童ほど「規則正しい生活習慣(食事・睡眠)ができている」「子ども自身が運動・食事・睡眠の大切さを認識している」「テレビやビデオ・DVDの視聴時間や電子ゲームの時間が短い」ということです。つまり、基本的生活習慣を整えることが体力向上にも反映していることになります。

朝の時間的余裕やダイエットなどいくつかの理由から「朝食を食べない子ども」が問題になっていますが、朝食摂取状況と体力合計点の関連を見た分析結果では、男子も女子も「毎日食べる」子どもの体力が最も高く、「食べない日もある」「食べない日が多い」「食べない」の順に体力が低くなっています。体力づくりにおいても朝ごはんを食べることがいかに大切かを示しているように思います。

一般的に体力が高い子どもは運動が得意で、その逆も然りと言えるでしょう。しかし、運動が苦手だから体力が高まらないということはありません。子ども自身が積極的に今できる運動を楽しんだり、継続的に運動をしたりすることと、日常生活の中で全身活動の機会を増やすことが大事です。それを促し評価するなど周囲のサポートも重要です。
(この原稿は2022年3月に執筆したものです。)

 
徳永隆治(とくなが りゅうじ)  安田女子大学 教育学部 児童教育学科
教授 児童教育学科長 実践教育研究所長
●日本体育大学卒業、広島大学大学院学校教育研究科 (前期)修了 修士(教育学)
●広島県立竹原高等学校教諭、広島大学附属小学校文部教官教諭、安田女子短期大学助教授、安田女子大学助教授を経て平成15年4月より現職、平成22年4月より児童教育学科長。令和4年4月より安田女子大学実践教育研究所長兼務。 
●専門は体育科教育、教師教育。『新版 初等体育科教育の研究』平成22年3月学術図書出版、『体育授業を学び続ける~教師の成長物語』平成28年4月創文企画ほかを編著。論文・雑誌執筆等多数。文部科学省学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者として「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説体育編」の作成に関わる。文部科学省『学校体育実技指導資料第7集「体つくり運動」改訂版』(平成24年7月)改訂協力者、平成11年度~平成24年度文部科学省・教員研修センター主催「子どもの体力向上指導者養成研修」の講師、広島県内外各地での体育研修会や小学校・幼稚園での体育科授業研究会・実技講習会の講師、広島市教育委員会「子どもの体力向上支援委員会」委員長などを歴任。現在、「広島市乳幼児教育保育の質の向上に関する懇談会」委員、広島県・広島市小学校教育研究会体育科部会スーパーバイザー。
●日本体育・スポーツ・健康学会、体育科教育学会、日本スポーツ教育学会、日本発育発達学会会員。全国小学校体育研究連盟副会長、広島県体育同好会会長
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