子育てアドバイス

【よくある相談シリーズ】うちの子、逆上がりができません。

●子どものタメになる体育学習を考えよう。
小学校では、たくさんの教科や教科以外の授業があります。体育科もその1つで、2~4年生では年間105時間、5・6年生では年間90時間が授業時間として割り当てられています。(1年生は入学してすぐに授業というわけにはいきませんから、授業時数は上級生より1週間分少なく、年間102時間です。)

小学校で学習する教科は、国語科・算数科など10教科になります。生活科のように1・2年生だけの教科、家庭科のように5・6年生だけの教科、理科・社会科のように3年生から始まる教科があり、学年によって教科や授業時間が異なりますが、6年間に10教科の授業があります。体育科は6年間、毎学年で学習します。教科に加えて、「特別の教科である道徳」(全学年)、「外国語活動」(3・4年生)、「総合的な学習の時間」(4~6年生)、学級活動をする「特別活動」(全学年)といった教科以外の学習もあります。

これらの授業時間を合わせると小学校6年間に合計5,785時間の授業を受けて卒業することになります。この授業時間は、法律によって規定されている標準時間で全国共通です。(私学の場合、宗教の時間など一部、異なっている場合もあります)。

こうした授業のほかに入学式・卒業式などの儀式や、運動会・学習発表会・遠足・修学旅行・野外活動などの学校行事を加えて、子どもたちは6年間に多様な学びの場を経験して成長していきます。

それほど多くの授業が子どもにとって楽しく有益な時間になるか否か、本人にも保護者のみなさんにもとても大きな問題だと思います。そのなかで体育学習を子どもたち一人ひとりの成長にどのように活かしていけばよいかについて、ここで考えてみましょう。
●「逆上がり」ができないとダメなの?
体育科の学習では、何かが「できる」「できない」が注目され、例えば鉄棒運動では一般的に「逆上がり」ができるかできないかを二者択一で評価してしまうことが多いのではないでしょうか。「逆上がり」ができれば○、できなければ×と決めてしまうのです。

「逆上がり」まではできなくても、鉄棒にぶら下がることはできるかもしれません。鉄棒に跳びあがって、「ツバメ」と言って落ちないように全身をバランスよく支持し、静止することができる子どももいます。「ふとん干し」と言って体を2つに折るような姿勢でぶら下がったり、「こうもり」「おさるさん」「ぶたの丸焼き」などと称して鉄棒に手や足をかけてぶら下がったり、揺れたりして面白がる子どももいます。

これらは低学年の子どもたちが体育科の授業で挑戦する運動遊びです。鉄棒に上がり、体を支持した後に前回りをして下りたり、両手でぶら下がって足抜き回りをしたりする運動遊びもあります。からだの基本的な動きの習得に欠かせない運動遊びとして低学年の体育学習で「鉄棒を使った運動遊び」の事例として取り上げられている内容です。

鉄棒を使ったこのような運動遊びはどれを取ってみても、日常生活の中では行うことのない動きです。それができるということは通常の生活の中では経験しない、からだの新たな動きを獲得したことになります。このようにしてからだの発育・発達の過程で新たな「身のこなし」を身につけていくわけですが、ぶら下がるためにはそれなりの筋力が必要になります。回って下りるには、「逆さになる感覚」が不可欠ですし、静止したり揺れたり回ったりするためにはバランス感覚を伴い、そういった基礎的な身体能力が養われていくのです。

そして、これらの動きが「逆上がり」に発展していくことになるのですが、中学年・高学年になっても、まだ「逆上がり」ができない子どももいます。前回り下りはできても「逆上がり」はできない子どもに対して、「体育ができない子」と決めつけてはいないでしょうか。

一つひとつの動きを習得していくこと、つまり身体が変化していくことには目もくれないで、鉄棒運動と言えば「逆上がり」という意識になってはいないでしょうか。「逆上がり」はできなくても、鉄棒への跳び上がりができたり、ぶら下がりや前回り下りができたりすることが身体の発育・発達として大きな意味があることを見逃して、「逆上がりができなければダメ」という価値観を周囲の私たちが持ってしまうと、子ども自身にもそのような思い込みをさせてしまうことになります。

「逆上がり」ができないままでは「体育はダメ人間」なのでしょうか。身体に障害があり、「逆上がり」を習得することは無理な場合もあります。それでも、ぶら下がりができるようになればからだの動きの大きな進歩なのです。現在のからだの動きがわずかでも進歩することに価値があることをしっかりと受け止めたいものです。
●「競争」に勝たなければダメなの?
体育学習にまつわる価値観は、「逆上がり」ができるかといった、一定の技ができるかどうかの問題だけではありません。小学校体育科の学習内容には「かけっこ」「短距離走」「リレー」もあります。「走・跳・投」は運動の基礎的な能力であり、走力はその1つです。

子どもは生まれて1年前後で歩くようになり、2歳前後には不安定ながら走るようになります。歩き始めた子どもに「走りなさい」と指示する人はいないと思いますが、自然に走るようになります。走ることは人の本能と言えるでしょうか、発達過程にみられるからだの動きの変化です。最初は歩幅も小さく、上下動の大きな不安定な走り方で、長く続けて走ることはできません。

小学校に入学する頃には、その動きが洗練されてスムーズに、数十メートルも続けて走ることができるようになり、さらに成長と共にストライドが大きく跳ぶように走ったり、足の回転を速めたり(ピッチを上げる)、50m以上を走り抜けたりすることができるようになります。

その発達過程で足や手だけでなく全身の筋力や協応動作の能力が高まり、スピード感のあるより良い走り方が身についてくるわけですが、そのような走り方の変化の1つ1つがからだの動きが発達している証です。これは平均的な成長の表れ方ですが、例えば障害があり速く走るということは難しい場合でも、可能な範囲で走る動きを求めていけば必ずからだの動きに変化が表れます。動き方にいまのからだの動きとは異なる成長の証をみせることになります。

「かけっこ」「短距離走」を学習することは、からだの動きを高めていくことであり、成長していくことです。ところが、「走るのが遅いから体育が嫌い」という子どもが多いのが現実です。子どもは競走するからには勝ちたいと思うのが自然ですし、運動会の徒競走で1番になりたいと思うのは当然です。従って、走る前から「1番にならなくていい」と言ってしまうのはどうかと思います。

1番を目指して最大限の努力をすることがまず、大事なことだと思います。その結果として1番になれなければ、その悔しさを経験し次への意欲を高めることが成長の糧になるのではないでしょうか。周囲の子どもと競走して、結果として勝たなければ価値がないということではないはずです。

競走に限らず体育学習では「競争」の場面が多々ありますが、競争する前から「勝たなくてよい」と言うのは、競争の本質を逸脱していると言わざるを得ません。競争をするからには、勝つために工夫し全力を発揮することが求められます。しかし、それで負けて悔しい思いをすることも成長の糧であり、教育的な意義がありますが、同時に、勝つためにいろいろ考えたり、練習したりした過程で身に付けることは少なくありません。

子どもが全力で取り組んだことや、自己のパフォーマンスを最大限に発揮しようとしたことに成長の跡が認められますが、一定の距離を全力で走り抜けたこともゆるぎない成長の証です。それらの多面的な成長を認め、称賛することが子どもを取り巻く私たち大人の役割ではないでしょうか。

競技スポーツの世界では、1位とか優勝、金メダルといった競技の結果が求められます。アスリートは自己やチームの最高のパフォーマンスを発揮して他者と競い合い、アスリート自身が最大限の努力をした成果を確かめ達成感を味わったり、新たな課題に立ち向かったりするわけです。そのことが同時に、観ている人・支えている人に感動を与え、周囲の人たちの活力を導き出すことになります。それが競技スポーツのすばらしいところですが、学校での体育科の授業は求めるものが競技スポーツの世界とは異なります。

子どもたちが運動をする際に自己の最高のパフォーマンスを発揮したり、それを求めて取り組んだりすることは競技スポーツのアスリートと共通していますが、その結果の問い方は異なります。体育学習の場合は、結果として最高のパフォーマンスが発揮できなくても子ども自身の心身の変化に発育・発達上の意味があります。そこに学校体育の目的があり、競技スポーツ界との違いがあります。

体育科の授業では「陸上運動」「ボール運動」などで「競争(競走)」する場面が多々あり、そこでは「競争の仕方を工夫すること」や「決まりやルールを工夫したり守ったりすること」「勝敗を受け入れること」が学習内容となりますが、指導の目標として「勝つこと、1位になること」が求められているわけではありません。

子どもたちを取り巻く大人の私たちは、体育学習を競技スポーツと混同して捉えてはならないのです。体育学習で子どもの何が変わったのか、どう成長したのかを見極めながら、そのことを認め褒めることが大事なのではないでしょうか。
●「できた」を積み重ねて、楽しい体育学習に。
心身の成長を支え、子どもたちみんなが生涯を通じて健康・安全で心豊かに過ごせることを願って体育科の授業は展開されますが、「体育嫌い」の子どもがいることも現実です。体育学習の時間を楽しみにしている子どもも多い一方、「体育があるから学校に行きたくない」とさえ言う子どもがいることも事実のようです。

体育が嫌い、運動することが嫌いな原因はどこあるのか。私は教員を目指す大学3年生に毎年、小学校での体育を思い出しながら、自分は子どもたちにどのように指導していきたいかを聞くことにしています。その結果では、8割以上が小学校の体育学習が楽しかったと答えていますが、「嫌だった」という学生が毎年必ず1割弱います。

その理由の多くは、「運動が苦手」であることと、「できないこと」が他者の目にさらされ、見下されたり批判されたりすることです。「下手」とか「できない」「足が遅い」などと揶揄されたり、ボールゲームで失敗した時に批判されたり、自分が原因で負けたりしたことが辛い思い出として残っているようです。

それでも体育科の授業の必要性については、ほとんど全員が必要だと答えています。必要とは思わないという学生の理由は、自分が苦手だからということでした。「できない」「苦手」が体育学習に影を落としているようです。

現在の小学生の思いも彼女たちの思いと変わってはいないようです。学校では毎年、体力・運動能力等の調査が実施されます。少なくとも5年生には必ず「新体力テスト」などの調査が実施され、全国のデータが集計されてスポーツ庁から体力・運動能力等の実態が報告されています。この「新体力テスト」と同時に生活習慣等についてのアンケート調査が実施され、その結果も一緒に公表されます。令和4年(2022)度の調査結果が昨年12月に「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の報告書として公表されています(この報告書はウェブで公開されていますので、スポーツ庁HPで是非、閲覧してみてください)。

その中で子どもたち(小学校5年生)が「体育の授業が楽しい」と答えた理由として「体を動かすことが好き」「好きな種目、できる種目がある」「できなかったことができるようになる」「友達と一緒にできる」が上位に挙げられています。また、「楽しくない」と思っている子どもが楽しくなるための要件として挙げているのは、「できるようになる」ことです。いずれも「できる」ことがキーワードです。

子どもたちみんなが体育好きになって、元気に日常生活を送り、将来もそうあってほしいわけですが、そうなるには体育学習が楽しいことが不可欠です。子どもは本来、動くことが好きなのに、嫌いにしてしまうのも体育学習と言わざるを得ません。楽しい体育学習になるために、「できる」ことが大事なのですが、そこで「鉄棒運動では逆上がりができないとダメ」といった、固定的な意識が払しょくされることが必要です。

「逆上がり」はできなくても前回りをして下りることができるようになったことを「からだの動き」の変化として自他ともに「できた」と認めることが大事なのです。小さな「できた」の体験は実は成長の大きな証であり、「逆上がり」へのステップにもなります。わずかなことでもからだの動きの変化を子ども自身がとらえることができれば、「できた」という達成感と共に楽しい体育学習となり、新たな意欲がわいてきます。小さな変化を子ども自身が「できた」「進歩した」と思えるように、周囲の大人や子どもたちの運動の見方・考え方が変わっていくことが大事なのではないでしょうか。
徳永隆治(とくなが りゅうじ) 安田女子大学 教育学部 児童教育学科
教授児童教育学科長
●日本体育大学卒業、広島大学大学院学校教育研究科(前期)修了 修士(教育学)
●広島県立竹原高等学校教諭、広島大学附属小学校文部教官教諭、安田女子短期大学助教授、安田女子大学助教授を経て平成15年4月より現職、平成22年4月より児童教育学科長兼職。 
●専門は体育科教育、教師教育。『新版 初等体育科教育の研究』平成22年3月 学術図書出版、『体育授業を学び続ける~教師の成長物語』平成28年4月創文企画ほかを編著。論文・雑誌執筆等多数。文部科学省 学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者 「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説体育編」、 文部科学省『学校体育実技指導資料第7集「体つくり運動」改訂版』(平成24年7月)改訂協力者、平成11年度~平成24年度文部科学省・教員研修センター主催「子どもの体力向上指導者養成研修」の講師、広島県内外各地での体育研修会や小学校・幼稚園での体育科授業研究会・実技講習会の講師、広島市教育委員会「子どもの体力向上支援委員会」委員長などを歴任。現在、「広島市乳幼児教育保育推進体制に関する懇談会」委員、広島県・広島市小学校教育研究会体育科部会スーパーバイザー。
●日本体育学会・日本スポーツ教育学会・日本発育発達学会・子どものからだと心連絡会議会員、全国小学校体育研究連盟副会長
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